【群馬県】世界遺産の富岡製糸場を訪ねて

  • 2020年6月13日
  • 2020年6月14日
  • 旅行

2021年の大河ドラマ「青天を衝け」で主人公の渋沢栄一や、明治の偉人たちが作り上げた富岡製糸場

明治から昭和にかけて日本の産業を支え、2014年にユネスコ世界文化遺産に登録された

富岡製糸場と絹産業遺産群」の富岡製糸所を訪ねます。

富岡製糸場のアクセス方法

富岡製糸場は群馬県富岡市にあります。

電車だと上州富岡駅(上信電鉄)から徒歩15分くらいです。JR線からは高崎駅で乗り換えします。

車の場合は国道254号線から来ると直ぐにわかると思います。

駐車場は数か所ありますが、「富岡駅東駐車場」は無料です。

バイクは富岡製糸場から近い、「宮本町駐車場」で無料で駐車できます。

 

開場時間 9:00-17:00

入場料は大人¥1000、高校・大学生¥250、小・中学生¥150

ガイドツアー、音声ガイド機レンタルあり各¥200

富岡製糸場の歴史と偉人たち

富岡製糸場が作られたのは1872年(明治5年)

その当時最大の輸出品が生糸であったが、質の悪い生糸が大量に作られていたようです。

そこで明治政府は洋式の繰糸器械を導入し品質、生産向上を目的とし官営模範工場として操業しました。

 

その建設に携わったのが、大隈重信、伊藤博文、渋沢栄一などで

初代場長を務めたのは、渋沢栄一の従兄であり学問の師でもある「尾高惇忠」です。

 

尾高惇忠は操業前に製糸場で働く工女を募集したが中々集まらなかったが、

娘の勇(ゆう)が14歳で西洋式製糸技術習得の為に最初の工女として入所したそうです。

 

因みに、尾高惇忠の家系図を見ていくと

「競馬の神様」と呼ばれた競馬評論家、大川慶次郎は繋がりがあるみたいです。

4つの名称を持つ富岡製糸場

ガイドツアーを頼もうとしたが、次のツアーまで少し時間があったので一人で見学します。

富岡製糸場は世界遺産、国宝、重要文化財、史跡の4つの名称があります。

まずは、国宝「東繭置場」から見ていきました。

「世界文化遺産登録認定書(複製品)」が誇らしげに出迎えてくれますw

顔出しパネルで記念撮影もできますよ!

私が行った時期は、まだ補修工事が完了していないらしく西置繭所などは見られませんでした。

国宝「西置繭所」は2020年10月一般公開予定です。

こちらも国宝「繰糸所」の入り口です。

中には昭和62年の操業停止まで使われた、ニッサン製の自動繰糸器が保存されています。

繰糸所は約140メートルもあり、キングポストトラス構造で作られているので中央に柱はありません。

操業当時は電気などもなく太陽の光を多く入れる為、フランスから輸入した大きなガラス窓になっています。

機械は時代ごとに変わっていきましたが、建物は当時のまま残されています。

「片倉診療所」の看板が新しいですが気にしませんw

重要文化財「首長館(ブリュナ館)」

建設指導者としてフランスから呼ばれた「ポール・ブリュナ」さんと家族が住んでいました。

後に工女の学習や娯楽の施設になりました。

ブリュナ館を過ぎると、大きな広場に出ます。

この建物は寄宿舎です。

一通り見たので、出口に向かうと東繭置所の前で写真を撮っているカップル?がいました。

本物のカップルか撮影用なのか分かりませんが、お幸せに~

富岡製糸場のイチオシお土産

出典:丸エイ食品オンラインショップより引用

観光地に行くと色々なお土産がありますが、丸エイ食品さんから販売されている「かいこの王国シリーズ」(第1弾)お蚕様チョコレートです。

インパクトのあるお土産ですね~w

因みに、(第2弾)かいこの一生チョコレートもあります。

「かいこの王国城町店」か「丸エイ食品オンラインショップ」で購入できますのでお試しください!

最後に

操業開始の1872年(明治5)から操業停止する1987年(昭和62)まで100年以上も、

この場所で生糸を生産していたんですね~

この富岡製糸場を訪れて思うことは、私の頭の中に明治時代の知識が全くなかったこと…

 

そして、この工場が操業停止時に経営されていた片倉工業

「売らない、貸さない、壊さない」の方針があってこそ、良好な保存状態を保ち、

世界遺産に登録さるという素晴らしい流れにはドラマを感じます。

 

もう少し、勉強してから来ればよかったと思います。